【0からの世界史】ヘブライ人の歴史『出エジプト』から始まる物語

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日本ではヘブライ人と呼ぶより、ユダヤ人と呼ぶ方が馴染みがあるでしょうか。

ユダヤ人といえば、杉原千畝スギハラチウネさんのお話が有名だったりしますよね。

今回は、そんな彼らユダヤ人、教科書的に言えばヘブライ人の歴史をご紹介します。

ごり子
ごり子

ユダヤ人もヘブライ人も、イスラエル人も差異はあるらしいけど、同じ民族を指しているよ。

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出エジプト記とは?

しゅつエジプト記とは、預言者モーセが苦しむヘブライ人をエジプトから救い出した、という物語を中心に描いた、旧約聖書の一部です。

ごり子
ごり子

旧約聖書は、ユダヤ教やキリスト教の正典だよ。

ユダヤ教にとっては唯一の聖書。

ノアの箱舟なんかが有名だよね。

ヘブライ人の始まり

かつてヘブライ人の祖先は、ユーフラテス川の上流域あたりで、遊牧民として生活をしていました。(諸説あり)

ごり子
ごり子

ティグリス、ユーフラテス川の間がメソポタミアだったよね。

前21世紀ごろ、ヘブライ人はパレスチナに移動を開始しますが、一部はヒクソス(約100年エジプトを支配)とともにエジプトに入り生活をはじめていました。

しかし、ヒクソスはその後撃退され、エジプトはエジプト人による新王国の時代に入ります。

新参者であり、異民族であるヘブライ人は、エジプト人からの良い待遇は望めません。

次第に迫害を受けるようになり、ヘブライ人たちは圧政に苦しめられます。

預言者モーセが登場したのはそのような背景からでした。

ごりら
ごりら

海を割った人だよね?

モーセの十戒

前13世紀、モーセはヘブライ人を率いてエジプトを脱出します。

彼らは苦難の末に、パレスチナ(エジプトの右上海側らへん)にたどり着き、そこでかつての同胞たちと合流しました。

この逃避行の間に、モーセは神から10個の戒律を授かっていました。

これが後のキリスト教やユダヤ教に影響を与えるモーセの十戒です。

ごり子
ごり子

精神面だけでなく、殺人や、窃盗がしないことなど、法的な要素も含んでいたよ。

1あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。

2あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。

3あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。

4安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。

5あなたの父と母を敬え。

6殺してはならない。

7姦淫してはならない。

8盗んではならない。

9あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。

10あなたの隣人の家を欲しがってはならない。

王政時代

ヘブライ人は遊牧民的な気質だったため、当初は王をいただかず、12支族のゆるやかな連合体を形成していました。

ごり子
ごり子

王政のように、恒久的な支配を嫌っていたみたいだね。

しかし、パレスチナの諸民族、特にパレスチナの由来ともなったペリシテ人との抗争が激化すると、力のある統率者が必要が叫ばれるようになります。

そして前11世紀末にいたり、ヘブライ人は王政へと移行していくのでした。

羊飼いダビデの時代(2代目)

最初の王にはサウルという青年が選ばれました。

彼はペリシテ人他諸民族と果敢に戦いますが、最期はペリシテ人によって攻め込まれ、命を絶ってしまいます。

そこで、擁立されたのが羊飼いであったダビデ青年でした。

ごり子
ごり子

ペリシテ最強の巨人ゴリアテを、石つぶてで倒した話が有名だね。

ダビデは南部のユダ族をまとめあげ、北部のサウル派との内戦を生き抜き、南北の統一に成功します。

前10世紀初頭、彼は南北の中心にであり要衝であるエルサレムを制圧、首都としました。

その後ダビデは、ペリシテ人との戦いも勝利で終わらせ、パレスチナ全土を掌握し、イスラエル王国(ヘブライ人の統一国家)の基礎を築き上げます。

知恵者ソロモンの時代(3代目)

前963年、ダビデの死後を息子ソロモンが引き継ぎます。

彼はファラオ(エジプトの王様)の娘との結婚で安全を確保や、フェニキア人(海側に住む民族)と組むことで貿易の促進図るなど、国力の増強に努めます。

この時、イスラエル王国は最盛期を迎えていました。

しかし、エルサレムに強大な神殿を建てるため、常備軍を維持するため、重税を課されていた民衆は、王の見えないところで疲弊していくことになります。

ごり子
ごり子

ソロモンといえば、知恵者で有名だね。

彼が、1人の子供争う2人の女性に子供の手を引っ張らせて、先に手を離した方を母親と認めた話は、日本の大岡裁きの由来にもなってるよ。

南北分裂の時代

ソロモン王の時代が終わると、イスラエル王国は2つに分裂します。

北部が10支族を中心にイスラエル王国として分離独立、南部に形成されたユダ王国との内戦の時代が始まります。

繰り返される争いは、ヘブライ人の力を確実に奪っていきました。

前722年、ついに北部イスラエル王国が覇権国アッシリアの王サルゴン2世により征服され、滅亡を迎えます。

ごり子
ごり子

アッシリアは一時オリエント全体を支配していたよ。

南部ユダ王国はこの危機に、アッシリアの貢納国(貢物を定期的に送る)として支配下にはいることで、独立をなんとか維持します。

しかし、前612年に新バビロニア王国がアッシリアを滅亡に追い込むと、前586年、王ネブカドネザル2世は兵を率いて武力で南部ユダ王国を制圧します。

ネブカドネザル2世は、戦勝国の権利だととして、住民を奴隷にして強制移住させました。

その後の過酷さから、首都バビロンへの移住はバビロンの捕囚として後世に記憶されることになります。

前538年、アケメネス朝によりバビロンが制圧され、囚われていた人たちは祖国に帰ることになります。

しかし、ヘブライ人の国家復興は、1948年のイスラエル建国まで待たねばなりません

ユダヤ教とは?

古代オリエントでは珍しい一神教

ヘブライ人の信仰は一神教でした。

唯一神ヤハウェのみを神として認めています。

バビロン捕囚という苦しい経験を得ることで、ヤハウェへの信仰は強まり、やがて唯一神信じるユダヤ人のみが救われるという選民思想につながるのです。

この救済を実現する救世主メシアの到来を待望する信仰も同時期に広まっていきました。

捕囚から解放された民は、神殿を再建し、儀式や規則を定め、『旧約聖書』の編纂も始めています。

ユダヤ教がこうした積み重ねから、成立していくのでした。

ごり子
ごり子

旧約聖書は、ユダヤ教のみならず、キリスト教やイスラム教の経典として認められているよ。

まとめ

  • 出エジプトはモーセの話
  • ダビデの次がソロモン
  • エルサレムが首都
  • ユダヤ教は1神教
  • 唯一神ヤハウェ
ごり子
ごり子

読んでくれてありがとう!

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